있다と계시다の違い【敬語】
있다は「ある・いる」、계시다は人を敬う「いらっしゃる」です。人には계시다、物事には있다を使う基準を、対照表と例文でまとめました。
있다(イッタ)は「ある・いる」を表す基本形で、계시다(ケシダ)は人を敬うときの尊敬語「いらっしゃる」にあたります。つまり、敬うべき人には계시다、物事には있다を使う、という一点が違いのすべてです。迷ったら「主語が敬う相手かどうか」だけを確認してください。
있다と계시다の基本の意味
있다は存在を表す基本形で、日本語の「ある」「いる」の両方をカバーします。계시다はその尊敬語で、「いらっしゃる」と訳せます。
つまり両者は意味が別なのではなく、同じ「存在」を敬語にするかどうかの違いです。丁寧な会話でも、相手が敬う対象でなければ있다のままで問題ありません。
人には계시다、物事には있다
判断の基準はシンプルです。主語が敬うべき人なら계시다、物事なら있다を使います。物に계시다は使いません。
| 項目 | 있다(イッタ) | 계시다(ケシダ) |
|---|---|---|
| 意味 | ある・いる | いらっしゃる |
| 主語 | 物事、敬う対象でない場合 | 敬うべき人 |
| 使う場面 | 持ち物や状況を伝えるとき | 目上の人の存在を伝えるとき |
| 例文 | 책이 있어요(チェギ イッソヨ)=本があります | 선생님이 계세요(ソンセンニミ ケセヨ)=先生がいらっしゃいます |
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例文で使い分けを確認する
まずは対象をはっきりさせてから文を作ると、迷いが減ります。主語につく助詞は、パッチムがある語には이(イ)、ない語には가(ガ)がつきます。
- 책이 있어요(チェギ イッソヨ)=本があります
- 선생님이 계세요(ソンセンニミ ケセヨ)=先生がいらっしゃいます
物事が主語のときに계시다を選ばないよう気をつけてください。逆に、目上の人が主語なのに있다のままだと、敬意が伝わりにくくなります。
ポドスピーキングチューター陣より:レッスンでは「선생님이 있어요」と言ってしまう学習者が多くいます。そこでチューターが「主語は人ですか、物ですか」と一度だけ聞き返し、学習者自身に계세요へ言い直してもらいます。この往復を数回くり返すと、次からは自分で気づけるようになります。
まとめ・次のステップ
있다は「ある・いる」、계시다は人を敬う「いらっしゃる」です。人には계시다、物事には있다という一本の線を覚えれば、日常会話ではほぼ迷いません。次は尊敬を作る語尾も合わせて確認すると、表現の幅が広がります。
敬語は実際に声に出して使うと定着が早くなります。
無料体験を申し込むFAQ
Q. 계시다は物に使えますか A. 使えません。계시다は人を敬うための形なので、物事が主語のときは있다を使います。
Q. 있다を使うと失礼になりますか A. なりません。敬う対象でない主語なら있다が自然です。目上の人が主語のときだけ계시다に替えます。
Q. 계세요と있어요はどちらが丁寧ですか A. 계세요は主語の人を敬う形です。있어요も丁寧な言い方ですが、敬意の対象は主語になりません。